
■左派支持層の自転車利用率の高さ 実際に自転車乗りはリベラルなのだろうか。スイス・ローザンヌ大学の研究チームが2025年2月に「Findings」で発表した研究は、スイスでの代表的な調査に基づき、政治的価値観が自転車利用の頻度やその背景に与える影響を検証している。 自転車インフラの整備という交通政策で自転車利用は政治的な課題になり得るが、自転車に乗ることそのものが政治性を帯びているのかという問いは重要だ。つまり政治的スタンスが、移動手段の選択やその回数に影響を及ぼしているのかという点である。 2018年、スイス国民の74%が自転車利用促進を憲法に盛り込むことに賛成票を投じた。この投票後、連邦首相府は18歳以上のスイス国民から無作為に抽出した1502人を対象に自転車利用に関する調査を実施し、研究チームはこのデータを詳しく分析した。 その結果、利用頻度に関わらず自転車に触れる率が最も高いのは左派の緑の党支持者(76%)で、次いで中道の中央党(CVP)支持者(73%)だった。左派の社会民主党(SP)支持者は65%、右派の自由民主党(FDP)支持者は67%、右派のスイス国民党(SVP)支持者は63%を記録し、最も低いのは無党派層の33.5%である。 これらの数字は、自転車というモビリティが公共空間での資源配分の優先順位を決める政治的意志の表れであることを示している。リベラルな勢力が自転車を支持するのは、それが 「環境負荷の低い移動を実現するための公共的な解決策」 であり、自動車に割り当てられてきた道路という公的な資本を、人を中心とした用途へと強制的に振り向ける正当な理由になるからだ。この傾向は、自転車がライフスタイルの表明を超えて、社会の構造をどの方向に進めるかという意志を具体化する存在であることを裏付けている。 自転車乗りがリベラルである傾向は、移動の自由をどんな社会基盤の上で享受するかという価値判断の結果であるといえるのだ。 自転車を利用する理由については、支持政党によってより顕著な差が表れている。 緑の党支持者の半数は、交通手段として自転車を利用する割合が31%と高い。ほかの政党ではこの割合ははるかに低く、自由民主党(FDP)14%、社会民主党(SP)17%である。交通手段として自転車を利用せず、趣味としてのみ利用する者は、中道・右派政党でより多く、スイス国民党(SVP)33%、自由民主党(FDP)40%だ。つまり中道と右派は自転車を持っていても、実質的な移動インフラとしては使っていない傾向がある。 このデータの背後には、自転車というプロダクトを「生活を支える資本」と見なすか、「余暇のための消費財」と見なすかという大きな断絶が存在する。 実用を重視する左派層の市場は、日々の過酷な使用に耐えうる堅牢さや汎用性を求める実益重視の経済圏を作るが、趣味に限定する右派層の市場は、ブランドの威信や先端技術の独占を享受するラグジュアリーな経済圏へと傾いていく。これは、メーカーが供給する製品の仕様が、特定の政治的信条を持つ集団の期待に応える形で細分化されていることを意味するだろう。 サイクリストは左派である確率が高く、右派は実務的な用途で自転車に乗らないという傾向は、少なくともスイスでは明確であり、個人の政治的立ち位置が、どんな品質の製品を、どんな目的で消費するかを決める要因になっている。 仮に当人にリベラル傾向があったとしても、趣味であれ交通手段であれ、自転車に乗っている者の大半は、自身の行動が孕む政治性を意識せずにペダルを漕いでいる。 英国の高級紙「ザ・ガーディアン」のコラムニスト、ゾーイ・ウィリアムズ氏は、サイクリストが一部から強い反感を買っている一方で、当人たちにはその自覚もなければ、特定の党派性を持って連帯しようとする意志もないことを指摘している。多くのサイクリストは既存の制約から解き放たれた感覚を享受しており、その実態はリバタリアン(国家や規制による介入を極力嫌い、個人の自由と自己決定を最優先する思想・立場)に近い。 ただ、彼らが享受するこの感覚は、 「他者の権利や利益を削ることで成立している」 側面がある。英ロンドンでは、大気汚染の改善と交通渋滞の削減を目的として、厳格な自動車規制である「ULEZ(超低排出ゾーン)」と「LTN(低交通量地域)」が実施されている。急速に広げられたこれらの施策により、地域の生活や物流、商圏の維持に支障をきたす事例も報告されており、激しい議論が続いている。…