412: 名無しさん@おーぷん 2015/11/06(金)00:23:02 ID:olu 毒親なんて言葉がなかった時代、私は父親がしごく普通の父親だと思ってた。10mも泳げなかった私をプールに連れていき「今日中に25m泳げるようにならなければ飯抜き」。しかしそのプールは市民プールではなく、「芋を洗うような」という表現がぴったりの大勢の混み合うレジャー型。勿論、泳げなかった。それから数日間、他の人がいる場所で私を怒鳴り散らし、私に周囲の注目が集まるようにした。近所や見知らぬ人が冷ややかなにを私見てた。母からの言い付けを守れなかったとき、「マヌケ」と乾電池で頭を小突いた。私が母と兄に「役立たず」「邪魔」と叱られていると、わざわざ私の隣に来て笑う。テストの点数が悪かった、運動会のリレー順位が低かった、などといろいろ理由をつけて深夜に私を外に連れ出し、歩道橋を何往復も走らせた。それが終わったらまた「反省したか!反省したか!」と怒鳴り散らす。言葉の使い方を間違えたら「お前の口を裂いてやろうか」。他にも色々あったけど、もう思い出せない。私が育ってきたのは父が働いてくれたお陰だから、出来ない私が悪いのだと思う。…