1 名前:名無しさん@涙目です。:2024/08/19(月) 12:13:10.21 ID:e/YcUXzA0●.net BE:135853815-PLT(13000) 北朝鮮と日本の「合作犯罪」在日朝鮮人帰還事業【萬物相】 京都府で生まれた在日2世の17歳の少女は1960年4月、新潟から清津に向かう「帰還船」に一人で乗り込んだ。「北朝鮮は地上の楽園、無料で勉強できる」という朝鮮総連の教師らの言葉を信じ、帰還事業で北朝鮮に渡ることを決心した。引き留める父親の言葉は耳に入らなかった。日本で差別の中で生きるよりも、「平等で発展した」北朝鮮で堂々と生きたかった。 清津に到着した少女は、数千人の歓迎の人波に胸が熱くなった。船が港に近付くと、1年早く北朝鮮に来ていた先輩の姿が見えた。ところが先輩は、ふ頭から日本語で「日本へ戻れ」と絶叫していた。わけが分からなかった。船が着岸して歓迎の人波の様子が細かく見えてくると、少女は驚かずにはいられなかった。人々の様子は、物乞いの群れのようだったのだ。北朝鮮の実情を知った少女は、わずか2カ月後には自殺しようとしたが、そうすることもできなかった。1年後、北朝鮮で合流するという家族を押しとどめなければならなかった。先に自殺した人が「かます」で巻かれて捨てられているのを見て、死ぬことを思いとどまった。北朝鮮は、自殺した在日朝鮮人を反逆者として追及した。彼女は2003年に脱北した。地獄のような時代が忌まわしくて、北朝鮮名を捨てて「川崎栄子」という日本名で暮らしている。 日帝の敗亡後、日本の左派は北朝鮮を「理想社会」と称賛した。日本メディアは在日朝鮮人の帰還事業について好意的な記事を量産した。 (以下略) 引用元:…