237 名前:大人の名無しさん[sage] 投稿日:2007/06/14(木) 18:46:26 ID:9Wh3Fjq13月の終わり頃、風邪をひいたらしく、熱と頭痛で苦しんだ。病院で風邪でしょうと言われ薬をもらった。薬を飲んで数日寝込んだ、熱は下がったが薬が切れると頭痛は収まらなかった。3週間ほど頭痛が続き、しまいに食事も取れない。熱が出て、水分補給のスポーツドリンクのみという日が3日続き、ふと体重を量ってみた。10㌔近く落ちていた。自分でもこれはやばいと思った。朝になっても症状は治まらず、仕事先に欠勤の連絡をする。電話の問いかけは理解できるのだが、言葉が出てこない。妻の問いかけにも答えられず、出来るのは首を振ったり簡単な返答ばかり。意識ははっきりしているのだが、言う事を聞いてくれない体としつこい頭痛。まるで、自分の目を通して映画でも見ている気分。さすがに異常を感じた妻に脳外科病院に連れて行かれる。MRI検査の結果、前頭葉に大きなゴルフボール位の膿の溜まりが見つかった。そこから先は切れ切れにしか記憶が無い。救急の脳外科へ運ばれすぐに手術。膿は400CC程溜まっていたらしい。病名は脳膿瘍との事、原因となる細菌等は不明、希に蓄膿症や歯槽膿漏から来る事もあるらしい、どちらも該当するのよねぇ。気が付いたらICUのベッドの中だった。あれほどしつこかった頭痛は嘘のように消え、額の手術跡の痛みで、生きてる事を実感した。夜中、隣のベッドが急に騒がしくなり、苦しそうな声、嘔吐する音、看護師さんが励ます声が聞こえた。その時急に悟った。自分も命が危なかったのだ。自分だって寝てる間に容態が急変して死ぬことだってあり得る。夜眠る時は、自分が翌朝には目覚めることなど当たり前だと思っていた。当たり前なんかじゃない、死と生の境目なんてほんのちょっとの事なのだ。そう思ったら寝る事がとても恐ろしかった。238 名前:大人の名無しさん[sage] 投稿日:2007/06/14(木) 19:06:03 ID:9Wh3Fjq1幸いな事に、投薬治療の甲斐あって、病状は安定してきた。お医者さんには、「こんなに膿が溜まってたら相当痛かったでしょう、我慢したらダメですよ」と、言われた。妻も、「余計な事は考えなくていいから、今は治す事だけ考えて」と、言われた。普段、仕事の愚痴とかも十分聞いてやれないのに、こんなに心配してくれてるんだと思ったら、申し訳なくて涙が出そうになった。幸い後遺症もなく、自由に動き回れたので、やる事のない病院生活では、どう暇をすごすのかが問題でした。久しぶりに空を眺めて雲が流れてゆくのを見たり、星空を眺めたり。明け方に目覚めて、明けて行く空の色の移り変わりを眺めたり、、、。こんなにゆったりと空を眺めるなんて子供の頃以来だったなぁ。相変わらず死への恐怖みたいな物はあった。やっぱり自分は生きていたいのだと思った。それも、繰り返す日々の中、徐々に薄れていったけれど、今でも何時かは死が訪れるという意識は持って居たいと思う。いつか訪れるその日のため、自分は今何ができるのか、何をなさねばならないのか。あの日からずっと考え続けている。せめて、息子が成人して、一緒に酒を酌み交わす事が出来るまで、たとえ寝たきりになろうとも生きていたい。そして、息子と昔話を肴に旨い酒が飲みたい。最近、そんな事を考える。昨日、退院しました。妻には、ありがとう、心配掛けてごめんねって言った。人生の動かし方ニコール・キッドマン2019-04-18…