元スレ 全てのレス 2:おままごと 1/22:2021/06/26(土) 23:44:47.87 :kp+C1A000 【六月二十五日(金)】 交通量の減った大通りを走る車はナビに従い、閉店間際の中華料理店へあと二キロほどという所だった。スマートフォンの画面とミラー越しの俺を往復する佐竹美奈子の大きく透き通った目が、トリミングされてルームミラーに大映しになっている。 午前にダンスレッスン、午後からはPVの収録にアイグラの写真撮影、夕方には佐竹美奈子特製レシピ本のサイン会と、忙しい一日だった。だが、明日と明後日は奇跡的なオフが彼女には待っている。俺の方にも、突然降ってきた一日の休みと、その翌日の午前休がある。ルームミラーに映る美奈子の顔は疲れていたが、安堵に緩んでもいた。 「美奈子、連休だな。ここの所忙しかったけど、ゆっくり羽根を伸ばしてくれよ。家族ともゆっくり過ごせそうだな」 「実は……」 佐竹飯店は他県の野外イベントに出店することになっており、アイドルの仕事で忙しい美奈子以外は今日から全員泊まりで出かけているらしい。家族が帰ってくるのは明後日の夕方で、「今頃みんなで温泉宿を満喫してるんですよ」と美奈子は苦笑していた。「満喫」だけトーンが僅かに上がり、羨ましさを隠せずにいるようだ。 「じゃあ佐竹飯店は臨時休業、美奈子は家に一人なのか」 「そうなんです。奈緒ちゃんと遊びに行こうと思ったんですけど、奈緒ちゃんの方が都合つかなくてですね……えっと……」 赤信号で停車する車と同調して、美奈子が言い淀んだ。 「プロデューサーさんも、明日お休みなんですよね。だったら」 シートベルトをつけたまま、後部座席から美奈子は身を乗り出した。 「ウチに、泊まっていきませんか?」 カラッとそう言うと、喉から抜ける空気を閉じ込めるように、美奈子は慌てて口を閉じた。ポニーテールを束ねるリボンと同じ赤に、頬がほんのり染まっていく。 「ひ、一人ぼっちが寂しいとか、そういうのじゃないですからね? ただ、プロデューサーさんも明日休みになったんだったら……お家デートして、いっ……一緒に過ごせないかな、って」 お互い明確な定義は避けていたが、美奈子とは、パーソナルスペースの内側でスキンシップを取り、同衾もする仲だった。アイドルとしての立場を守るため、という建前を言い訳にしていたが、事実上は恋人同士のようなものだ。安全だと分かれば美奈子は好意を剥き出しにするのを躊躇しなかったし、俺も俺で、いきすぎな所はあるが家庭的に尽くしてくれる美奈子にすっかり入れ込んでいた。 美奈子の提案は魅力的だった。空っぽの休日をただだらだらと、疲労回復のためだけに消費するハメにはならないし、一緒にいたい相手と過ごせて、美味しい食事にも確実にありつける。食欲以外にも満たしたい欲があることだし……と脳裏をよぎった所で、信号が青に変わった。…