
今までにあった最大の修羅場 £71引用元: 名無しさん@HOME 2013/01/02(水) 22:07:25.43 0 正月早々嫌な話で申し訳ないが、吐き出し。 ものっそ長いので、忙しい方は読み飛ばして。 27歳の時に3つ年上の男性と結婚した。 付き合ったのは2年半ぐらい。 私は三流大卒なんだけど、彼は大学院まで出ていたので すごく理知的で素敵な人だと思っていた。当時は。 私の知らないことを沢山知ってるし、話を聞いてるだけでも楽しかった。当時は。 結婚しようって言われたとき、正直迷った。 彼の実家は創業○年っていう歴史のあるお店をやっていて 大きな家で裕福な暮らしをしている。 私の方は早くに父が亡くなった母子家庭で、 一応持家だけど広い庭があるだけの築50年のボロ家。 あまりにも格差があり過ぎると思ったから。 でも彼は気にしないって言ってくれたし、向こうのご両親からも 特に反対はされなかったので、結婚まではスムーズだった。 ところが結婚した途端に少しずつ本性が見えてきた。 新婚旅行先で、これからのお金の管理について話された。 それは相談ではなくて決定だった。 家賃も公共料金も食費も何もかも折半、 それぞれの車に関する維持費や保険、携帯電話など個人の支出は それぞれが自分で支払うこと。 既に加入している生命保険の受取人の名義も変更はしない。 最初何を言ってるのか分らなかった。 夫婦になれば、夫が稼いで妻がやりくりしながら管理し、 パート代は家族の将来の為に貯金に回して・・・と漠然と考えていたし そういうものだと思ってたから。 第一、子供が生まれたらどうなるんだろう。 当然働けなくなるし、そうなれば折半にはできない。 527: 名無しさん@HOME 2013/01/02(水) 22:08:07.35 0 で、それを聞いてみたところ 私と彼とでは実家の格が違いすぎるので 彼の実家の資産をアテにしていないということを確信できるまでは このままでいくとのこと。 でもそういうの気にしないって言ってくれたじゃないって言うと 恋人同士の時には気にしなくても、親戚関係になると奇麗事ではないと言われた。 じゃあ何で私を選んだのか聞いた。 そしたら私が昔、しょぼいコンテストなんだけど準ミスに選ばれたことがあって そういうのが嫁さんってカッコいいじゃんって言われた。 もう何がなんだか分からなくなった。 早い話が、私に男を見る目が無かったんだな。 その後も二人で食事に出かけても割り勘で、夫の車で出掛ければ ガソリン代は出せと言われる。 「ねぇ、こういうのって夫婦としてつまらなくない?」って聞けば 「だったら早く確信させてよ」って言う。 「子供ができたらどうするの?」って聞けば 「その時はその時にまた考える」って言う。 何をどうしたらいいのかわからない。 元々玉の輿に乗ったとか、そんな意識はなかったし。 だんだん面倒になって誘われても一緒に出かけなくなった。 それよりも将来のことが不安で、絶対仕事は辞められなかった。 自分の分はうんと倹約して、ひたすら貯金してた。 夫の方は、折半の分を支払い終えたら あとはゴルフだプラモデルだと趣味に湯水のようにお金を使ってた。 足りなかったら実家に行ってお小遣い貰ってきてるみたいだった。 幸か不幸か子供はできず、一度義母に勧められて病院に行ってみたけど 夫の方が精液検査を受けてくれず、そのまま終わり。 今思えば無理して作らなくて良かったけど。 528: 名無しさん@HOME 2013/01/02(水) 22:09:14.39 0 だんだん夫に対して興味も無くなってきて、 それはたぶん夫も同じ。 家計費は折半なのに、ごはん作るのも洗濯するのも私ってずるいと思うようになって 2日に1回しかごはんも作らないことにした。 それまで作ってたお弁当も作らないようにした。 折半って言うなら家事も平等にしてほしいと思ったし。 私がごはん作らない日は、自分だけお弁当買ってきてたから 私もごはん作るのやめて、自分のぶんだけ作ったり買ってきたりした。 そんな生活が8年近く続いた。 同じ家で寝泊まりしてるだけの赤の他人って感じ。 いつまでもこんなことしてても空しいし、 もうきっぱり離婚しようかなと何度も思った。 でもその頃はまだ母にちゃんと話せてなかった。 上手くいってないことは薄々感づいてただろうけど こうなった理由を母に話すのは辛かった。 そして昨年の正月、夫の友人が突然遊びにきて うちで飲み会になった。 その友人は当然なにも知らないので 「奥さんも一緒に飲みましょうよ」ってことになって 嫌だったけど、その人には悪気はないのだからと これから出掛けなくなきゃいけないので、ちょっとだけ・・・と テーブルについたら、すでに酔っていた夫が言ったこと。 「こいつの実家すげー貧乏でさ、 うちの金狙ってんだぜ?怖いだろー?」 そっちが酔ってそんなこと言うのなら私もと思って冗談っぽく 「え?私いつでも離婚届に判子押しますけど?」って言ったら殴られた。 友人の前で。 529: 名無しさん@HOME 2013/01/02(水) 22:10:24.13 0 私の家は古いけど貧乏じゃない。 母が一生懸命働いて、私はみじめな思いをしたことなんて無かった。 大学にも行かせてもらったし、今よりずっと毎日笑っていられた。 もう絶対離婚してやると思った。 こいつのそばにいたら私は絶対幸せになれないと思った。 けど、それから一ヶ月後に義父が急逝して事態が変わった。 裕福だったはずの夫の実家、実は借金だらけ。 土地家屋を処分して、借金と相殺して残ったお金を分配したら 夫が相続できるのは国産の新車がやっと買える程度らしい。 (もう相続し終えたのか、まだ揉めてるのかよく知らないけどw) そんな経営状態だったことも知らずに 実家の資産アテにして、ずいぶん金遣い荒かったけど 大丈夫?って聞いてやったらまた殴られたw すぐにでも離婚しようと思ったけど、 正月に受けた屈辱は正月に返すと決めて しばらくはそれまで通りの仮面夫婦を続けてきた。 その間に夫の方から少しずつ今更な歩み寄りを見せてきたけど 完全スルー。 私の貯金額を聞いてきたこともあったけどスルー。 そして10月の私の誕生日に離婚届を突き付けた。 新しい人生をやり直したい、もうお互い十分でしょ、と。 財産分与も何もない、協議離婚。 意外とあっさり応じてくれたのは、 たぶん夫もどうにもならないと覚悟してたんだと思う。 でも私の復讐はそれではない。 531: 名無しさん@HOME 2013/01/02(水) 22:12:04.35 0 実は私の実家、その数年前から土地区画整理の対象になってて 立ち退きの話し合いをしていたところだった。 そしてこちらの希望額で話がついて売り渡し 夏には母は新しい住まいに引っ越し済みだった。 元々私の実家には全く関心を持たず、ずっと没交渉だったし 離婚を突き付けてから一度だけ母に電話してきたようだけど、 最近は便利なもので、夫は母の携帯番号しか知らなかったから 引越しには気付かなかったようだ。 広めのマンションで今は母と二人暮らし。 母は今もまだ現役で働いているし、私も仕事辞めないで良かった。 余裕で生活していける。 元夫は私が出て行って自分一人で家賃を払うには高すぎるマンションで まだそこに住んでるらしい。 そこに年賀状を送った。 新築のマンションでVサインした写真付き。 悪趣味な復讐だとわかっちゃいるが、2度殴られているので これぐらいやっても神様は許してくれるでしょw 533: 名無しさん@HOME 2013/01/02(水) 22:15:14.51 0 よく我慢したね お母様と仲良くお幸せに 懲りたかもしれないけれど 佳いご縁があることを…