1 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:26/10/13(火) 15:44:47 ID:DcZm ガチでよくわからない模様 2 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:26/10/13(火) 15:45:19 ID:e8YP 戦後すぐめっちゃ人死んだよな 八高線列車正面衝突事故とは、1945年(昭和20年)8月24日、八高線多摩川橋梁上で発生した鉄道事故である。死者105名といわれるが、橋梁上の事故ゆえに多摩川に流された犠牲者も数多く、正確な把握はできていないという。 八高線小宮駅 - 拝島駅間の多摩川橋梁中央部において上り6列車(8850形8869号機牽引、客車5両編成)と下り3列車(8850形8853号機牽引、客車5両編成)が正面衝突した。テレスコーピング現象により下り列車の機関車が上り列車の客車にまで乗り上げ、一両目までを踏み潰す格好となった。下敷きとなった車両には生存者が残されていたが、橋梁上の事故のため救助作業は難航し、手が出せないまま翌26日には救助を求める声も途絶えた[1]。また、多数の乗客が川に投げ出されたこともあり、少なくとも乗員・乗客105名の死亡、67名の重軽傷者が確認された[2][注 1]。終戦9日後という混乱期のため、列車は通勤通学客に復員兵や疎開先からの帰宅者も加えて満員で、その多数の乗客が衝突により多摩川の濁流に流された。当日は激しい雷雨により多摩川が川幅いっぱいに増水していたこともあり、遺体が海まで流されて確認されなかった死者も相当数いるのではないかと言われている[注 2]。 4 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:26/10/13(火) 15:45:42 ID:DcZm >>2 なんか歴史長いんやってな 3 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:26/10/13(火) 15:45:32 ID:DcZm 仕事とか学校目的じゃないとわざわざ乗らんやろこれ 6 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:26/10/13(火) 15:46:57 ID:e8YP >>3 どの路線もそうやろ…