1: 匿名 2026/09/18(金) 06:10:17 いまも海保による捜査が続けられる中、事故当時の取材映像や開示された公的資料などから、”あの日何が起きていたのか”振り返ります。辺野古漁港の防犯カメラには、午前9時24分ごろ、同志社国際高校の生徒18人と乗組員3人を乗せた「不屈」と「平和丸」が漁港を出発し、沖合へ向かう船の様子が映っていました。当時、波浪注意報が発表されていましたが、海の状況を確認する朝の船長会議で、出港の判断に至ったとされています。9時48分ごろ、中城海上保安部の船が、辺野古崎付近の海上を航行する2隻を視認。「波が高いので十分気を付けてください」などと拡声器で安全指導を繰り返し行いました。そのおよそ20分後の10時10分ごろ。事態は急変します。生徒らを乗せた「不屈」が転覆する様子を海上保安官が視認。そして、不屈の転覆からわずか2分後の10時12分、知華さんが乗っていた「平和丸」も転覆します。平和丸乗組員男性「平和丸はその2分後に駆けつけて、なんとか助けたいという思いで一心で、波が来ているのも気づいて、なんとか波を立てようとしたものの、舵を切るのも少し遅れてしまって、転覆してしまったということです」 NEWS Headline辺野古転覆事故から半年 ヘリ基地反対協議会からの手紙著作権や肖像権などの都合により、全体または一部を配信できない場合があります。 事故から半年が経ち、きょうも花が手向けられていました。現在も捜査が続くなか、あの日 何があったのか。当時の現場映像や開示資タケル容疑者にも話聞けよ沖縄メディア…