1 名前:樽悶 ★:2026/08/22(土) 23:55:22.28 ID:qjU1x+aU9.net 「邪馬台国」や「卑弥呼」と聞いて、「なぜ『邪』『卑』のような、悪い意味を持つ漢字が使われているのか」と疑問に思ったことはないだろうか。歴史好きの間では、中国が日本を見下し、あえてこうした漢字を選んだという説がたびたび語られてきた。ところが、古代中国の発音辞典『広韻』を手がかりに音訳に使われた漢字を調べてみると、意外な事実が見えてくる。「邪」や「卑」は、日本を侮辱するために選ばれたのではなく、音を表すために選ばれた可能性が高いというのだ。いったい、どういうことなのか。※本稿は、日本漢字能力検定協会編『漢字の大疑問 いつも使っているのに意外と知らない言葉の世界』(マガジンハウス)の田中郁也執筆部分を抜粋・編集したものです。 (省略) 当時の日本の固有名詞を漢字で表した「邪馬台国」や「卑弥呼」といった名前には、わざと「邪」や「卑」といったよくない意味を持つ漢字が使われている。中華思想(世界の中心は中国であり周辺には野蛮人が住んでいるという思想)が背景にあるのでこのようによくない意味の字が使われているのだ。 中華思想(華夷思想)は小中学校の授業でも習う有名なもので、一見すると、その正しさについて特に深く考える必要もなさそうなのですが、この話には実は反論があるのです。 その反論とは故・尾崎雄二郎氏(京都大学名誉教授)によってなされたものです。その反論の主旨を理解するため、まずは前提となる知識を簡単に説明しておきましょう。 ■古代中国では音節ごとに代表となる漢字があった 古代中国には「韻書」と呼ばれる辞典のジャンルがありました。五十音順に見出し語を並べる現代の国語辞典がそうであるように、発音によって各字を配列し、発音や意味を解説したものです。 古い時代の中国語の発音については、今から約1000年前の1008年に作られた『広韻』という韻書が残っていることによって、非常に正確に発音やその枠組みを知ることができます。 『広韻』は1008年に作られたものですが、それよりも約400年前に作られた『切韻』(601年)という韻書の枠組みをほとんど変えることなくそっくり写し、字や字の解説を増加させたものなので、『広韻』を分析してわかるのは隋唐時代の中国語の発音とその枠組みであるということになります。 その発音引き辞典『広韻』には26000字もの字を収録していますが、それらは同じ発音の字ごとにまとめられて掲載されています。 漢字は1文字が1音節なので、同じ発音とはつまり同じ音節であることを示しているのですが、その同じ音節ごとに字をまとめるとなんと3800以上のグループができます。 つまり、当時の中国語の音節数は3800以上もあったということで、現代日本語の音節数が120程度と見積もられていることから考えると圧倒的な音節数です。 ともかくも、その同じ発音、つまり同じ音節のグループのことを専門用語では「小韻」と、そしてそのグループの冒頭にあげられた漢字のことを、「小韻代表字」と呼びます。 ■「卑」と「邪」は音で選ばれた さて、尾崎氏によって提示された「邪馬台国」「卑弥呼」にはわざとよくない字が使われているという説への反論は次のようなものです(注1)。 いわゆる「魏志倭人伝」(注2)には当時の日本の固有名詞が「卑弥呼」「邪馬台国」などと漢字で音訳されている。その音訳に使われた漢字66字のうちの53字が、韻書『広韻』(宋・陳彭年ら、1008年)の小韻代表字であり、その割合は約80%である(図1)。 (省略) 実際に「卑」と「邪」はいずれも『広韻』で同じ音の漢字をまとめたグループの先頭におかれる「小韻代表字」でした。 そして、韻書を作るという作業を想定すると、韻書の小韻代表字には編者が思い出しやすい字、つまり常用字が挙げられやすかったはずだ。そうすると、魏志倭人伝に使われた音訳字には、常用字が選ばれただけであったということになる。日本の固有名詞を漢字で表すのに、わざわざ悪い意味の漢字である「卑」や「邪」を選んだというわけではなく、そこに日本をさげすむ意図を読み取ることはできない(注3)。 当時の一大先進地域である中国大陸から見ると、倭国を含むその周辺国家が文化的に大変遅れた地域であったことは疑うべくもありません。 彼らに日本を馬鹿にする気持ちが全くなかったとは思いませんが、この論文で提示された通り、少なくとも音訳に使われた漢字からは、その馬鹿にする気持ちを読み取ることはできないのではないかと思われます。(以下ソース) 2026年8月21日 17:30 引用元:…