
1: 2026/05/23(土) 00:47:56.33 ID:3ZMDzLdG9 吉村禎章氏 “交通事故レベル”と言われた大けがから38年…足の特殊装具「今も付けてます」 巨人でチーム運営トップの要職を務める吉村禎章氏(63)が19日に放送されたBSフジ「プロ野球 レジェン堂」(火曜後10・00)にゲスト出演。 38年前の試合中に負った大けがの後遺症で、現在も歩行を補助する特殊装具を左足に装着していることを明かした。 吉村氏はPL学園から1981年ドラフト3位で巨人入り。▼ ▲ 閉じる高卒新人で1軍デビューした。プロ2年目には84試合に出場して規定打席未達ながら打率3割超えを果たすなど、6年連続打率3割超をマーク。25歳で通算100本塁打。天才的な打撃でチームの中心打者に成長した。 だが、1988年7月6日の中日戦(札幌円山)で球史に残る悲劇に見舞われる。 8回、左中間に飛んだ飛球を左翼から追い、中堅手と激しく衝突。チームメートの全体重が左膝にのしかかり、4本あるじん帯のうち3本が完全断裂、さらに神経も損傷する大けがだった。3回に100号本塁打をマーク。直後に起きた悲劇だった。 「一瞬なんで。何が起こったか全然…自分の中では分からなかったんですね。とにかくドーン!っていって、そのまま倒れ込んだだけです。足が見えたような感じはしなくはないですよ。確かじゃないです。運ばれていく時、生まれて初めて救急車乗ったんですけど。病院まで運ばれて。“先生、復帰するまでどれぐらいかかりそうですかね?”って聞いたんです。その先生が“野球生命かけるぐらいのけがじゃないかな”って言われたんです。実際に足が、痛いんですけどグニョって曲がったんです。要はじん帯が切れてるんで、膝の関節が…」 そこから渡米して手術を受け、厳しいリハビリの毎日。1年2カ月後、1989年9月2日のヤクルト戦(東京D)で復帰した際には両軍ファンから大歓声が降り注いだ。 大けがの場面も球史に残る出来事だったが、感動的なこの復帰シーンもまた球史に残る出来事だった。 プレーをする際には特注でつくってもらった特殊装具を左足に装着した。 「足が…蹴ることはできるんですけど、腓骨神経なんで(つま先を)上げることができない。足首から先が全然上がらないので、足を固定した状態」で打席に立った。 そして、復帰翌年の1990年には84試合に出場し、打率.327、14本塁打を記録。カムバック賞に輝いた。巨人ファンのみならず、野球ファンが“あのけがさえなければ…”と悔やむ天才打者の一人だった。 「交通事故レベルと医師に言われた大けがから今年で38年。現在について聞かれると「今も薄いのは付けてます、普段の生活をするのに」と現在も左足に特殊装具を付けていると明かした吉村氏。 現在の肩書は「巨人軍執行役員CBO(チーフ・ベースボール・オフィサー)」。チーム運営のトップに立つが、自身の経験を踏まえ、選手に向ける視線は愛情深い。 チームの今後について聞かれると「私も要職をいただいてるんで。いろんな関わり方ってできると思うんですよね。1軍は勝つことも大事。でも、育成も大事。生え抜きのスターもやっぱりつくりたい。あるいはけがで苦しんでいる子たちも頑張って復帰させたいとかね…。ジャイアンツに育ててもらったんでジャイアンツに少しでも返していきたいなと思います」と穏やかな表情で話していた。 吉村禎章氏 “交通事故レベル”と言われた大けがから38年…足の特…巨人でチーム運営トップの要職を務める吉村禎章氏(63)が19日に放送されたBSフジ「プロ野球 レジェン堂」(火曜後10・00)にゲスト出演。38… - news.yahoo.co.jp 2: 2026/05/23(土) 01:18:29.31 ID:mykCyl6P0 翌々年に.327 14本て今思うと凄いな 3: 2026/05/23(土) 02:25:14.80 ID:RIKFqoCl0 そんな状態なのに3割打てるんやな…