
1: 七波羅探題 ★ 2026/03/14(土) 21:22:32 ID:Af2/ZkGH9 新潮3月14日 錦糸町に敗れた「両国」の悲運 “快速停車”を逃し長い低迷…今春はじまる巻き返し策の総仕上げ | デイリー新潮2022年4月から休館していた江戸東京博物館が、2026年3月31日にリニューアルオープンする。…デイリー新潮 2022年4月から休館していた江戸東京博物館が、2026年3月31日にリニューアルオープンする。 同館はJR総武線の両国駅に隣接するという好立地にあった。 大相撲の聖地でもある両国国技館とも隣接していることから、新型コロナウイルスの感染が拡大する2020年以前は訪日外国人観光客が多く訪れる地としてにぎわっていた。 江戸東京博物館は東京都の鈴木俊一知事(当時)が計画・建設を推進したミュージアムで、その目的には東京の歴史や文化を広く発信して魅力を再発見してもらおうという思いが込められていた。 ただし、それはあくまでも表向きの理由に過ぎない。 というのも、鈴木都知事は前任の美濃部亮吉都知事が残した都庁移転という課題に向き合わなければならず、都庁を丸の内から西新宿へと移転させることを検討していたからだ。 丸の内の都庁舎は1954年に完成し、鈴木都知事が就任した頃には時代に合わない庁舎になっていた。 地方都市では続々と巨大な庁舎が建設されていたこともあり、東京都の庁舎が地方の庁舎より巨大かつ瀟洒でなければならないという自負もあった。 そうした経緯から建て替え議論が進み、同じ場所で都庁舎を建て直すのか、それとも新天地へ新たに都庁舎を移すのかといった複数の選択肢が検討された。 鈴木都知事は都庁舎が東側に寄り過ぎていることを理由に、多摩からもアクセスしやすい西新宿を新庁舎の候補地に絞った。 「発展から取り残された東側」 東京は明治期から高度経済成長期まで一貫してにぎわいの中心が東側にあった。 しかし、高度経済成長期に人口が急増すると、住宅地開発が西へと広がっていく。 それに伴って、山手と称されていたエリアは西へと拡大する。 それまで山手エリアの外に位置していた新宿・渋谷・池袋も山手エリアとみなされるようになり、街が発展すると同時に山手線の西側に位置する各駅はターミナル化していく。 こうした情勢に加えて、都庁が丸の内から西新宿へと移転したら東京の東側は発展から取り残されてしまう。 そうした危機感が高まり、東側を地盤にする都議の多数が都庁の移転に反対した。 そうした反対派を説得するため、鈴木都知事は都庁移転と引き換えに墨田区に江戸東京博物館、江戸川区に葛西臨海水族園、足立区に東京武道館などを建設し、それらハコモノによってにぎわいを創出することを目指した。 これらハコモノ建設は都庁移転により東京の東側が寂れてしまわないようにするための配慮であり、そうした利益誘導が奏功して都庁の西新宿への移転は都議会で承認される。 鈴木都知事が都庁移転のために打ち出したのは、そうしたハコモノだけにとどまらない。 東京都荒川区・北区・足立区を走る日暮里・舎人ライナーや東京・千代田区の秋葉原駅と茨城県つくば市のつくば駅を結ぶ常磐新線(現・首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス)といった鉄道網の整備も都庁移転を実現させる道具としてフル活用された。 日暮里・舎人ライナーは、主に足立区の鉄道空白地帯となっていた舎人エリアのアクセスを改善させることに成功。 いまや全国でもっとも混雑する路線となっている。 つくばエクスプレスは高度経済成長期に政府が考案した筑波研究学園都市と東京との距離を縮めることに主眼が置かれてきたが、開業後は想定以上に沿線開発が進み、沿線のベッドタウン化を担う路線となっている。 都庁移転と引き換えに建設されたハコモノと鉄道は、政治的な使命を色濃く帯びていたものの、今ではそうした思惑を超えて東京都にとって欠かせないインフラとして周知されている。 駅前に整備された両国広小路では、地元の団体によるダンスや歌などのステージイベントも開催された(写真撮影:小川裕夫)※許可を得て撮影 (他の写真を見る) しかし、鈴木都知事が1995年に退任してから30年以上が経過し、それらのインフラは当然ながら経年劣化している。 葛西臨海水族園は建て替え議論が起き、一時期は小池百合子都知事がガラスドームの建物を結婚式場へと転用するアイデアを披瀝すると、設計を担当した建築家の谷口吉生氏は猛烈に反対。 そのため、建て替え議論は紛糾した。 現在、東京都は新たな建物の整備を進めつつ、既存のガラスドームについての活用を模索中だ。 一方、江戸東京博物館は2022年にリニューアルを発表して休館。 特に建物をいじるということなく、展示内容の刷新に努めた。 そのため、葛西臨海水族園のような反対は起きず、2026年3月31日にリニューアルオープンを果たす。 ※以下引用先で…