1. 匿名@ガールズちゃんねる 「Sの部屋があった2階にも何度か上がりました。まず目についたのは、2階の廊下や壁の塗料がぜんぶ剥げていたことです。Sは尿など排泄物をビニール袋に入れて、その辺に置いていたので、アンモニアで溶けてしまったんです。 ただ、母親はかたくなに2階に上がることを拒んでいました。2階を見上げるだけで、Sから『ビリビリの刑』といってスタンガンを当てられていたので、その恐怖が染みついていたんです。それでも、やっと、いっしょに2階に上がったときには、『こんなに狭い部屋だったのか』とつぶやいていました」 Sは’03年8月に懲役14年の実刑判決が確定していた。 「潔癖症のSは他の受刑者と同じものが食べられなかったりと、いろいろ問題を抱えていました。医療刑務所への入退院を繰り返すなか、Sの体調を心配した刑務所側がソーシャルワーカーを付けたんです。そして、出所後のことを相談するなかで、今後の生き方を決めたとのことでした。最後の手紙は、『障がい者手帳を取得して、出所後は障がい者として生きていくことにしました。そのためには周りの人の力が必要なので、ジャーナリストの窪田さんとはもう会えません』というものでした」 Sは’15年に出所、母親は服役中に亡くなっていた。 わかっているのは、’20年1月に新潟日報が〈Sが’17年ごろ、千葉県内のアパートの一室で亡くなっていた〉と報じたことだけ。 2026/01/29(木) 15:34:36…