バンコクの中華街にある寺に、重さ5.5トンの金の仏像がある。この仏像は200年近く、漆喰(しっくい)と色ガラスで覆われた「ふつうの仏像」として扱われてきた。正体が分かったのは1955年、新しいお堂へ移す作業の途中で像が地面に落ち、割れた漆喰の下から金色の肌がのぞいたときだった。 今日の知ってた? 📏 タイ・バンコクの寺院ワット・トライミットにある黄金仏は、高さ約3メートル、重さ5.5トン。ギネス世界記録に「世界最大の金の彫刻」として載っている。長いあいだ漆喰で覆われて正体を隠されていたが、1955年に移設の途中で落とされて漆喰が欠け、中の金が見つかった。 背景:漆喰の下に隠された黄金仏とは この仏像の正式な名前は「プラ・プッタ・マハー・スワンナ・パティマーコーン」。1992年からこの名で呼ばれている。安置されているワット・トライミットは、バンコクの中華街ヤワラートの一角にある寺で、もとは「ワット・サームチーン」と呼ばれていた。口伝えでは、3人の中国系の友人が建てた寺だという。 仏像がいつ作られたのかは、はっきりしていない。ギネス世界記録は、作られた年は分からないとしたうえで、様式からスコータイ時代(1238〜1438年)に鋳造されたものとみている。卵形の頭部はスコータイ美術の洗練された特徴とされる。作り方は、蝋(ろう)で原型を作って鋳型に移し、溶かした金を流し込む「ロストワックス鋳造」で、金の厚みは1〜1.5センチ。中まで金が詰まっているわけではなく、厚い金の殻でできた像である。 漆喰で覆われた理由も、記録は残っていない。英語版ウィキペディアは、盗まれないように覆われたもので、時期はビルマ(現在のミャンマー)軍がアユタヤを滅ぼした1767年より前だったとみられる、と書いている。ギネス世界記録も、攻め込んできたビルマ軍の目を欺くためだった可能性が高いとしている。分厚い漆喰に絵の具を塗り、色ガラスをはめ込んだ外見は、ありふれた仏像にしか見えなかった。 当時のアユタヤ王国は、ビルマとの戦争を何度も繰り返していた。1767年の陥落では都が焼かれ、寺院も略奪にあった。金の像が金の像のまま置かれていたら、戦利品として運び出されるか、溶かされていた可能性は高い。漆喰の「変装」は、その危機を乗り切るための手段だったと考えられている。ただし、隠した人々が誰だったのか、いつ覆ったのかを示す史料は見つかっていない。 もう少し詳しく アユタヤの廃墟から、トタン屋根の下へ。仏像はおそらく1403年ごろにスコータイからアユタヤへ移され、アユタヤが滅びたあとは廃墟の中であまり顧みられずに残っていた。19世紀前半、ラーマ3世(在位1824〜1851年)の時代に、バンコクのワット・チョートナーラーム(ワット・プラヤークライ)の本尊として迎えられたが、このときも漆喰に覆われたままだった。その寺が荒れて廃寺になったため、1935年にワット・トライミットへ移される。ここでも約20年間、簡素なトタン屋根の下に置かれていた。正体はすっかり忘れられていた。 1955年5月25日、像は地面に落ちた。寺は1954年に新しいお堂を建て、そこへ仏像を移すことになった。英語版ウィキペディアによれば、何があったかについては「さまざまな言い伝えがある」としたうえで、最後に持ち上げようとしたときにロープが切れ、像が地面に激しく落ちた。その衝撃で漆喰の一部が欠け、下から金の表面が見えた、という。旅行ガイドのロンリープラネットは「クレーンから落ちた」と書いており、落ち方の細部は資料によって違う。いずれにしても作業はそこで止められ、漆喰はすべて取り除かれた。このときの写真は寺に展示されている。発見が仏暦2500年(西暦1957年)の節目を目前にした時期だったこともあり、多くの仏教徒はこれを奇跡と受け止めた。 台座の中から出てきた鍵。漆喰をはがしてみると、金の像は滑らかに組み合わさった複数の部品でできていた(英語版ウィキペディアは「10の部品」と「9つの部分」の両方の記述を載せている)。さらに台座の漆喰の中からは鍵が見つかり、これを使うと像を分解できることが分かった。5.5トンの像を運ぶために、最初から分けられる作りにしてあったわけだ。漆喰で固められていたあいだは、その仕組みも誰にも知られていなかった。 ギネスの評価額と、いまの安置場所。1991年のギネスブックは、この像を「本来の価値が最も高い聖なる物」と認め、含まれる金の価値を2110万ポンドとした。この額は2008年に1億900万ポンドへ改められ、17年で約5倍になった。像は何も変わっていないので、動いたのは金の値段と通貨のほうである。現在、像は2010年2月14日に公開された4階建ての大理石張りの建物「プラ・マハー・モンドップ」の最上階に安置されている。下の階には、像の鋳造から漆喰による隠蔽、1955年の再発見までをたどる展示と、バンコクの中華街と中国系移民の歴史を紹介する「ヤワラート・チャイナタウン・ヘリテージセンター」がある。剥がされた漆喰の一部も見ることができる。 海外の反応 1. 海外の名無しさん ざっと計算してみた。金が1オンス3,909ドルとして、5.5トンは約17万6,800オンスだから、約6億9,100万ドル。全部が金で、メッキじゃないという前提ならだけど。 2. 海外の名無しさん(>>1への返信) いや実は金メッキで、中身はカブトガニの血を固めたものなんだよ。だから本当の価値は1兆ドルくらいある。 ※注:カブトガニの血は、医薬品に細菌の毒素が混じっていないかを調べる検査薬の原料になり、非常に高価なことで知られる。 3. 海外の名無しさん(>>2への返信) メッキの仕事をしてる者として言うけど、これはメッキじゃない。この像はたぶん600年以上前のもので、当時は金属をメッキする技術も知識もなかった。電気メッキが考え出されたのは1800年代だよ。 4. 海外の名無しさん(>>1への返信) ウィキペディアに、ギネスの評価額が「2110万ポンド(2008年に1億900万ポンドに更新)」って書いてあった。金ってとんでもなく値上がりしてるんだな。 5. 海外の名無しさん(>>4への返信) 金が上がったっていうより、お金の側の価値が下がったって面もかなりあると思う。 6. 海外の名無しさん 実物を見たことがあるけど、本当に圧倒される。涅槃仏もすごかった、とにかく巨大。バンコクって不思議な街で、最新のショッピングモールにいたと思ったら、次の瞬間には純金の仏像がくつろいでいる寺にいるんだ。 7. 海外の名無しさん(>>6への返信) 満点の旅だった。1日かけて寺をいくつも回ったのは最高の思い出。黄金仏は近くで見るとびっくりするほど大きくて、逆にエメラルド仏は拍子抜けするくらい小さかった。 8. 海外の名無しさん あと500年もしたら、誰かがまたこれを落っことして、実は金の殻で中身はチョコレートだったって分かるんだろうな。 9. 海外の名無しさん(>>8への返信) で、ある日そのチョコが欠けて、中から巨大なアーモンドが一粒出てくるわけだ。 10. 海外の名無しさん(>>9への返信) そしてアーモンドの下には、お釈迦さまご本人が座っていらっしゃる。 11. 海外の名無しさん 「黄金仏は伝統的なロストワックス鋳造で作られ、金の厚さは1〜1.5センチ」とのこと。中までぎっしり金なのか気になってた人向けに貼っておく。 12. 海外の名無しさん(>>11への返信) だよね。金は1立方メートルで19トン以上ある。高さ3メートルの像が中まで金だったら、5.5トンどころじゃ済まない。ギネスの「solid gold」は、中が詰まってるって意味じゃなくて、ほかの素材が混ざってないって意味なんだろう。 13. 海外の名無しさん 物への執着と欲から離れることを説く教えの象徴が、純金の像。これほど説得力のある組み合わせもないね。 14. 海外の名無しさん(>>13への返信) 反論させてくれ。その金を使ったり身に着けたりする代わりに、像にして手放したとも言えるだろ。財産を個人の欲のために使わない、っていう形なんだよ。 15. 海外の名無しさん 漆喰が欠ける欠けない以前に、持ち上げようとした時点で気づかないか?「すみません、この洗濯機、車3〜4台分の重さがあるんですけど。何かおかしくないですか」って。 16. 海外の名無しさん(>>15への返信) でも見た目は分厚い漆喰で固めた高さ3メートルの仏像だからな。重くて当たり前だと思ってたら、中身を疑う理由がない。重いのは信仰の重みってことで。 17. 海外の名無しさん これってタイ版の「バナナスタンドには金がある」ってやつ? ※注:米国のコメディドラマ『ブルース一家は大暴走!』の名ゼリフ。一家の父が「バナナスタンドにはいつも金がある」と言い残し、実は屋台の壁の中に大金が隠されていた。 18. 海外の名無しさん(>>17への返信) 「たかが仏像一体だろ、マイケル。いくらすると思う?10ドルか?」 19. 海外の名無しさん 個人的にいちばん驚いたのは、台座の漆喰の中から鍵が出てきて、それで像をバラせるって話。何百年も前の人が「運ぶときはこれで分解してね」ってメモを残してたようなもんだろ。 20. 海外の名無しさん 昔の大事な物が金で作られたのは、価値があって性質も優れているからだと思いたい。でも本当は、地面から純粋なまま見つかる数少ない金属だったからってのが大きいんだろうな。 21. 海外の名無しさん(>>20への返信) それに錆びないし、くすみもしない。何百年漆喰に埋もれてても、はがしたら金ピカのまま出てくる。 22. 海外の名無しさん 5トンの金だぞ。泥棒対策はどうなってるんだ。重すぎて運べないにしても、その場で砕いて小分けにして国外に持ち出す、みたいなことを考える奴は絶対いると思う。 23. 海外の名無しさん(>>22への返信) 寺には僧侶が住んでるから、像が無人になる時間はない。それに大きな金の像は砕けないよ。金は柔らかくて粘るから、叩いてもへこむだけ。へこませた結果、一生刑務所暮らしになるだけだ。 24. 海外の名無しさん 見つかったのが1955年でよかったよな。もっと前の戦争の時代に正体がばれてたら、どこかの国に持っていかれて溶かされてたかもしれない。 25. 海外の名無しさん(>>24への返信) このスレ、みんなすぐ「どこの国が盗んだか」を当てたがるのが面白い。でも漆喰で覆った人たちが恐れてたのは、何百年も先の誰かじゃなく、目の前のビルマ軍だよ。1767年にアユタヤは焼かれて寺は略奪された。「攻めてきた軍に、寺に金が5.5トンあるってどう気づかせないか」、考えてたのはそれだけだったはずだ。 まとめ ワット・トライミットの黄金仏は、ビルマ軍の略奪から守るために漆喰で覆われたとみられ、正体を忘れられたまま寺を移り、1955年の移設で落とされて初めて金が見つかった。コメント欄は金額の試算とチョコやアーモンドの大喜利で盛り上がる一方、「持った瞬間に重さで気づけ」という声や、純金の像と仏教の教えの関係をめぐるやりとりも見られた。漆喰の殻が守ったのは金そのものより、像が像のまま残る時間だったのかもしれない。 参考資料 ギネス世界記録「世界最大の金の彫刻」(英語) ロンリープラネット「ワット・トライミット」(英語) ウィキペディア「黄金仏(ワット・トライミット)」(英語) 元ソース: タイには重さ5.5トンの金の仏像がある。200年近く漆喰と色ガラスで覆われ、1955年の移設中に漆喰が欠けて金が見つかった 投稿 「5.5トンの金の仏像」が200年近く漆喰の下に…移設中に落として割れたら中から金が出てきたタイの黄金仏 は みんな知ってた?【海外の反応】 に最初に表示されました。…