1. 匿名@ガールズちゃんねる ■ミセスの表現が抱える“限界”が露わになった ミセスの音楽は、苦しんでいる人を勇気づけることには長けている一方で、その苦しみの背景にある現実を問い直すことには、必ずしも積極的ではないように見える。そのような表現は、多くのリスナーに支持されやすい。複雑な問題に目を向けたり、自分の価値観を揺さぶられたりすることなく、そのままの自分で良いという安心感を与えてくれるからだ。それは大衆的なポップミュージックとして大きな強みでもあるが、表現が一定の深さから先に進まない原因にもなり得る。 今回の「シンデレラ」のMVは、そのようなミセスの表現が抱える限界を露わにしてしまった。キャバクラで働き、経済的に困窮し、男性との関係にも葛藤を抱える女性を主人公にすると、その人物が置かれた社会的な状況が問題になる。そこでは経済的な事情や家庭環境、労働のあり方、男女の格差など、個人の心の持ちようだけではどうにもならない問題が存在する。 ところが、作品が最終的に提示するのは、自分自身を肯定するという抽象的なレベルのメッセージのみである。複雑な現実を持ち出しながら、その複雑さに十分に向き合うことなく、すべてを個人の考え方の問題へと回収してしまう。 関連トピック 2026/10/29(木) 00:51:27…