Image credit:NSF NOIRLab 日本では平安時代にあたる1181年に明るく輝く星が目撃され、後に鎌倉時代の歴史書に記載された。 その正体は超新星爆発だった。通常なら爆発の反動で星は弾き飛ばされるはずだが、今も生き残り、爆発の跡の中心に残っている。 その理由を探るため、アメリカやオーストリアなどの国際研究チームがハワイの大型望遠鏡で爆発の跡を撮影したところ、星は爆発の反動をほとんど受けていないことが初めて数字で裏付けられた。 また、爆発で飛び散ったガスが、大きさのそろった巨大な粒の連なりであることも新たにわかったという。 この研究成果は『The Astrophysical Journal』誌(2026年10月6日付)に掲載された。 ... ▼あわせて読みたい ・我々の体を作る元素は星の爆発から作られる。最新研究が解き明かした宇宙の錬金術 ・ダブルデトネーション。2度の爆発によって破壊された白色矮星の残骸を史上初観測 ・江戸時代の人も目撃。太陽の光を遮るほどドラマチックだった「テバット彗星」(1861年) ・「暴れん坊将軍」で地球滅亡クラスの隕石が江戸に衝突するという驚愕のシーンが放送される この記事のカテゴリ:自然・廃墟・宇宙 / 歴史・文化…