
1: 冬月記者 ★ 9RZlh9c89 2026-10-19 10:46:23 「量産型ガンダム」あまりメジャーでない理由は「セールス失敗」? その不遇な系譜 主役機としてさまざまなシリーズ作品で活躍する「ガンダム」は、高性能機ゆえにワンオフの機体であることがほとんどですが、量産化が計画された機体もありました。 最初のガンダムである「RX-78」は、「地球連邦軍」のMS(モビルスーツ)として量産することを念頭に開発されています。しかし実験機としてコスト度外視だったことが要因で、本来の計画どおりの量産には至りません。 代わりに徹底的にコストダウンし、生産性を重視した「RGM-79 ジム」が量産されることになりました。つまりジムは間に合わせで量産されたMSということになります。 それゆえ戦争終結後、本来ならガンダムを量産してもいいところですが、そうはなりませんでした。それはジムが一定の水準に達した傑作機だったからでしょうか。 ようはコスト度外視のガンダムよりも、ジムの方が量産機として完成されていたわけです。そのため、時代に合わせて改修を施した「RGM-86R ジムIII」など、ジムタイプのMSは量産機として独自の進化を遂げていきました。 ところが、7年ののちにふたたび戦争(グリプス戦役)が始まると、高性能機であるガンダムタイプが重宝されることになります。そして以降のガンダムタイプはコスト度外視の高性能機という立場を確立していくのでした。 しかしこれ以降にも、ガンダムタイプの量産がまったくなかったわけではありません。「MSR-100S 量産型百式改」、「MSZ-007 量産型Zガンダム」、「MSZ-013 量産型ZZガンダム」、「RX-94 量産型νガンダム」といったMSが存在します。これはなぜでしょうか。 量産型でも大量生産されなかったガンダムたち これらの量産型と呼ばれるガンダムタイプには共通項がありました。それが「アナハイム・エレクトロニクス」社製であることです。 つまり企業であるアナハイムとしては、商品としてガンダムを売りたかったと考えられます。そう考えると、「クワトロ・バジーナ」専用機であった「MSN-00100 百式」を「ガンダム・チーム」に再配備したことも、宣伝効果の意味が強かったのでしょう。 このようにアナハイムはガンダムを商品にしようと強く考えていたようですが、連邦軍は独立部隊や不正規軍で運用され多大な戦果を挙げていたガンダムタイプに対してよいイメージがなかったと見られ、結果的に商売として成功とは言い難いものでした。これらの量産型ガンダムは少数が生産された程度といいます。 話は前後しますが、逆にガンダムに対して悪いイメージが醸成される前には、連邦軍の一部隊である「ティターンズ」が、フラグシップ機として「RX-178 ガンダムMk-II」を開発したほか、「MRX-011 量産型サイコ・ガンダム」を少数とはいえ生産したようです。 後年、量産されたガンダムといえば「F91 量産型ガンダムF91」がありました。もっとも当初F91には「ガンダム」の名前が冠されておらず、また生産数も少数に留まっており、正確には「量産されたガンダム」とはいえないかもしれません。 それでは「本格的に量産された初めてのガンダムタイプ」というと、連邦軍とは別の組織である「リガ・ミリティア」が開発した「LM312V04 ヴィクトリーガンダム」、通称「Vガンダム」になるでしょうか。 このVガンダムは量産されたことで、これまでにない戦闘方法を得ています。それがパーツを惜しみなく敵に炸裂させる攻撃方法でした。この攻撃で使い捨てられたパーツを数えると、3ケタはゆうに届く機体数になりそうです。 こうして歴史を振り返った時、連邦正規軍が自らの工廠でガンダムを量産したのは「一年戦争」での「RX-79[G] 陸戦型ガンダム」くらいでしょうか。 もっとも陸戦型ガンダムは余剰パーツを組み合わせた先行量産機といったMSでした。生産数も20機程度といわれています。 また歴史全体を眺めれば、ガンダムが量産されなかったのは連邦軍内部の確執が大きかったといえるかもしれません。F91の設定では、「ガンダムという名前は連邦正規軍に相応しくない」といわれていたそうです。 1機で戦況を左右する高性能機を、連邦首脳部は恐れていたのでしょう。…