
1: 名無しのアニゲーさん 2026/10/17(土) 11:26:57.510 ID:CFz2/Wzxi 「持ち家」と「賃貸」結局どっちがいい?→ホリエモンの答えにぐうの音も出ない 「家賃は捨て金。家を買えば資産が残る」――マイホームを買う理由として、いまもよく聞く言葉だ。ところが、人口減少と空き家の増加で、買った家が「資産」どころか、売るに売れない「負動産」になるケースもある。「家を買うのが当たり前」という常識は、いったいどこから生まれたのか。※本稿は、実業家の堀江貴文『やってはいけない 絶対損する金の使い方』(徳間書店)の一部を抜粋・編集したものです。● 「夢のマイホーム」は 経済政策から広がっていった 夢のマイホーム――。昔から日本人は、家を持つことを人生の夢だと刷り込まれてきた。時代が変わっても、この夢は多くの人のなかで生きている。実はこの夢を植えつけたのは国と業界だ。半世紀かけて仕掛けた、よくできたプロパガンダなのである。 はじまりは1960年。時の池田勇人内閣が「所得倍増計画」を打ち出した。10年で国民の所得を倍にするという計画の柱の1つに、住宅の建設が据えられた。住宅建設が幅広い産業を動かすからだ。 土地が取引され、材木や鉄骨、セメントが売れ、キッチンや風呂といった設備が必要になる。大工や職人にも仕事が生まれる。引っ越せば冷蔵庫も洗濯機もカーテンも買い替える。これほど広く経済を回す商品はそうそうない。だから国は、国民に家を持たせる方向へ本気で舵を切った。 ただ、大きな壁があった。家は人生でいちばん高い買い物と言われる。何千万円もポンと払える人はそうそういない。その壁を壊したのが「住宅ローン」である。頭金さえ用意すれば、大した貯金がなくてもマイホームが手に入る。 この住宅ローンの登場によって家は飛ぶように売れはじめた。銀行は何十年ものあいだ利息を受け取り続けられる。国は経済が回って税収が増える。住宅の売り手も、ローンの貸し手も、国も、みんなが得をする仕組みとして機能した。● 住宅ローンと減税が 「持ち家は当たり前」を定着させた 国は後押しをさらに強めた。1972年には、いまの住宅ローン減税につながる税の優遇が生まれる。ローンを組んで家を買った人の所得税や住民税を安くする。「税金をまけますから、どうぞ家を買ってください」という国からのあからさまなメッセージである。 ローンと減税がそろい、普通の会社員にも家が買えるようになった。まわりの同僚が、隣近所が、次々に家を建てはじめる。新しい家に家具や家電をそろえ、家族で暮らす。その姿が「豊かな暮らし」の象徴として拡がっていった。そうなると人は家を持つことに憧れ、まだ持っていない自分を意識するようになる。 国が用意した買いやすさがいつしか庶民の憧れに変わり、ただの経済政策は人生の「夢」に化けた。プロパガンダは見事に成功したのだ。 でも、プロパガンダが成功したときの前提はもう残っていない。人口は減り、空き家は全国で900万戸を超えた。地価が上がり続けると期待できるのは大都市のごく一部のみで、木造の一戸建てなら建物は築20~25年で値段がつかなくなる。働き方も変わった。転職は当たり前、働く場所さえ会社に縛られなくなったいま、35年ローンはひとつの土地に人生を縛りつける買い物である。 それでもプロパガンダはいまだに残っている。祖父母は家を建てた。親もローンを組んで建てた。その家で育ったあなたは、いつしか「家を持つのが当たり前」の空気を吸って大人になった。そしていま親から「家はまだ買わないのか」と聞かれる。国がわざわざ言わなくても、親が代わりに言ってくれる。刷り込みはこうして仕掛けた側の手を離れ、血縁というルートで勝手に受け継がれていく。● 「家なら資産として残る」は ごく一部にしか当てはまらない 不動産業者は決まって「賃貸は払って終わりだが、家なら資産として残る」と言う。このセールストークを真に受けてはいけない。 資産になる家はごく一部。残念ながら、世の中の大半のマイホームはまともな資産にはならない。…