1. 匿名@ガールズちゃんねる ■参加者が「死の可能性を含むリスク」を引き受ける 特に「たかり役」のようなポジションは象徴的で、「共同体の中心にあるシンボル(だんじり)に、自らの身体を直接預ける」行為そのものが、儀礼的な自己犠牲や共同性の確認になっている。死者が出ても「伝統だから」「神事だから」で継続される構造も、近代的なリスク管理の発想とは異質な、前近代的な価値序列が今に生きている証拠と言っていい。 現代社会では、「死の危険性」が日常から徹底的に排除・管理されている。そうした環境において、数トンの木塊と一体になり、死と隣り合わせの緊張感の中で街を駆け抜ける行為は、参加者に対して極限状態における圧倒的な「生のリアリティ」と、他者との強固な連帯感をもたらす。 一方で、現代社会はあらゆる脅威を予見し排除しようとする「リスク社会」であり、個人の生命やコンプライアンスが最優先される時代になっている。 ■リスクを去勢された祝祭は「安全な観光イベント」へと変質 仮に、外部からのコンプライアンス要請に従い、リスクを完全に排除した「絶対に誰も傷つかないだんじり祭り」を作り上げたとき、それは集団を覚醒させ、日常の閉塞感を突き破る祝祭としての効用を保てるのか リスクを去勢された祝祭は、往々にして単なる「安全な観光イベント」へと変質する道筋をたどりやすい。 2026/10/14(水) 17:34:23…