1: 2026/10/06(火) 19:46:15.42 ID:HDhqfufE0 奈良県の30歳代の男性にとって、ゲームは物心ついた時から身近にあった。4歳離れた兄が買ってもらった家庭用ゲーム機で、男性もよく遊んだ。 小学生の頃は1日1時間ほどだったが、中学生になると3~4時間に増えた。電車で1時間かかる中高一貫校に合格し、通学時も携帯ゲームに夢中になった。 親の期待は大きく、「勉強しろ」と口酸っぱく言われたが、頑張っても成績は伸びなかった。「全力で勉強しても親が求める学力は無理。それを認めたくなくて、ゲームに逃げた」と振り返る。父とは何度も衝突し、「何を言っても無駄だ」と思った。 親から離れるように、東日本の大学に進学。1年の夏休みに、6人1チームで銃撃戦を楽しめるオンラインゲームにのめり込んだ。ゲームは、やればやるほど上達した。声で連絡を取る「ボイスチャット」で仲間から「強い人が来た」とほめられると、心が満たされた。 アルバイト帰りの午前0時頃から朝方までゲームし、昼に起きて夕方までまたゲーム――。そんな生活を続けた。大学から足が遠のき、2年で中退した。 その後は実家に帰ったものの、親から「将来どうするの」と聞かれるのが嫌で、約1年で家を出た。24歳の時に営業の仕事に就くことができたが、仕事は厳しかった。ストレスのはけ口にするように、今度は他のプレーヤーと協力して敵を倒すスマホ向けのソーシャルゲームにはまった。 「ガチャ」と呼ばれる課金を繰り返し、消費者金融で借金を重ねた。次第に精神的に不安定になり、1年半で会社を辞めた。その後、家賃を滞納し、電気も止められたが、ゲームに金を使うのはやめられなかった。 見かねた親に依存症の回復施設に入れられた。ゲームで作った借金は約200万円あり、30歳の頃に自己破産した。今は回復プログラムを受け、ゲームと一定の距離を置いている。「以前は、『ゲームがないと死ぬ』と思っていた。ゲームをしている間は、心の隙間を埋められた」。男性は淡々と語った。…