ダンスを始めて1年目に、1回だけレッスンを受けた先生がいました。投稿者はその先生を「教えるより、美しい自分を見てもらうことに関心がある人だ」と見切り、二度と行きませんでした。ところが何年もたった先週末、同じ先生のレッスンに出てみると、文句なしに素晴らしい。当時の動画を見返して、ようやく気づきます。うぬぼれに見えたあれは、当時の自分には見分けもつかないほどの技術だったのだ、と。 ※注:投稿者が習っているのは「センシュアル・バチャータ」というダンスです。バチャータはドミニカ共和国で生まれたペアダンスで、センシュアル・バチャータは、体をうねらせるような動きを多く取り入れたスタイルです。また、ペアダンスのレッスンでは、最後に先生がその日の振り付けを通して踊り、生徒がそれを撮影して復習に使うことがよくあります。本文の「おさらい動画」は、この動画のことです。 何をやらかした? 📌 ダンス歴がもうすぐ8年になる投稿者。始めて1年目の2019年、ある男性の先生のレッスンを1回だけ受け、「教えるより、美しい自分を見てもらうことに関心がある人だ」と感じて、二度と行かなかった。先週末、その先生の1回限りのレッスンに参加したら、教え方も踊りも素晴らしかった。きのう2019年のレッスンの動画を見返して、うぬぼれだと切り捨てたものが、当時の自分には見分けもつかないほど高い技術だったと気づいた。 事の発端 最初の5年ほどは「まったくの時間の無駄だった」 投稿者のダンス歴は、もうすぐ8年になります。ただし本人によると、最初の5年ほどは、あとになって気づいたことですが「まったくの時間の無駄だった」そうです。 理由は、地元の小さなダンスコミュニティで習っていた先生たちが、とにかく教えるのが下手だったから。投稿者はそう書いています。 1回だけ受けて、見切った先生 習い始めて1年目のこと。ひとりだけ、記憶に残っている先生がいました。男性の先生です。投稿者はこの先生のレッスンに1回だけ出て、こう感じました。「この先生は、教えるより、美しい自分を見てもらうことに関心がある人だ」。 投稿者は、それきり二度とこの先生のレッスンには行きませんでした。これが2019年のこと。本人によれば、実際のやらかしが起きたのは、このときです。 その後、コロナ禍で活動が止まっていたあいだに、先生はよその土地へ引っ越していきました。 やらかしの一部始終 先週末、あの先生が町にやって来た それから何年もたった、先週末のこと。あの先生が、1回限りの特別レッスンのために町へやって来ました。 投稿者は考えます。「いまの自分は、当時よりずっと上達している。あの気取った身のこなしはあるにしても、レッスンから何か得られるかもしれない」。そうして、参加することにしました。 レッスンは、文句なしに素晴らしかった 結果は、素晴らしいの一言でした。先生は教えるのがとても上手で、踊りは見事そのもの。以前あれほど強く記憶に残っていた「俺を見ろ」という雰囲気は、どこにもありません。投稿者は「本当にいいレッスンだった」と書いています。 きのう、2019年の動画を探し出した そこで投稿者はきのう、2019年のあのレッスンのおさらい動画を探し出しました。あの日以来、一度も見返していなかった動画です。 見てみて、気づきました。自分が「うぬぼれ」だと切り捨てたものは、実は信じがたいほどの技術だったのです。 当時、地元で目にしていたどんな踊りよりも、はるかに上。あまりにかけ離れていたので、それが「このダンスの最高水準」なのだと、見分けることすらできなかった。投稿者はそう振り返っています。 その後 「あのとき、自分が何を見ているのか分かっていれば、ここまでの道のりはまったく違う、もっと苦しくないものになっていたはずだ」。投稿者はそう悔やんでいます。教えるのが下手な先生たちのもとで何年も無駄にした。あの先生に習っていれば、本当に上達できていたのに、と。 しかも、追い打ちがありました。その古い動画には、ほかの生徒も映っています。そのうちのひとりは、いまでは腕のいい先生になっていて、投稿者はその人のレッスンに定期的に通っているのです。投稿の本文は「やっちまった!」という嘆きで終わっています。 コメント欄で「センシュアル・バチャータって、まさにその気取った身のこなしが持ち味のダンスでは?」と指摘されると、投稿者は「まったくその通り。それが私のやらかしです」と認めました。地元の先生たちの踊りを「これが正しい形だ」と受け取っていたけれど、実はそちらのほうが硬くてロボットのようで、この先生こそが本物だった、とのことです。 また、「5年間の先生が全員だめだったの?」という問いには、こう補足しています。自分の知るかぎり、ラテン系のペアダンス(今回はバチャータ)では、踊りが上手だからという流れで教える側に回る人がほとんどで、教え方そのものを学んだことはない。上手に踊れることと、教え方を知っていることは、まったく別の技能だ。いまはこのダンスが分かるようになったので、良い教え方かどうかを見分けられる。当時の先生たちは、リードする側にリードの仕方を、フォローする側(リードを受けて踊る側)にフォローの仕方を教えるのが、本当に上手ではなかった、と。 海外の反応 1. やらかし名無しさん 5年間に習った先生が、全員だめだったってこと? それとも、投稿者のほうが見るべきところを見ていなかったのかな。ダンスって、見せてなんぼのものでしょ。本物の技術を「気取った身のこなし」で片づけていたなら、当時はまだほとんど何も分かっていなかったはず。それなのに、上手な先生よりも自分の受け取り方のほうを信じてしまった。それじゃ、レッスンから何も吸収できなくても無理はないよ。 2. やらかし名無しさん(>>1への返信) 「全員だめだったの?」については、そうとも言い切れないよ。ひとつの土地に住んでいれば、5年といっても、そう何人もの先生に習うわけじゃない。自分も若いころ、少なくとも3年は同じダンスの先生に習っていたし。 3. やらかし名無しさん(>>1への返信) 投稿者が補足していた「踊れることと、教えられることは別の技能」という話が、今回の肝なんだろうね。投稿者は、それまで見たことのない水準の動きを「見せびらかし」だと受け取った。自分が何を見ているのか分かっていないうちは、お手本の良し悪しなんて判断のしようがないよ。 4. やらかし名無しさん ちょっと待って。習っているのは、センシュアル・バチャータなんだよね? それって、まさに魅せる動きが主役みたいなダンスでは。それを「気取ってる」と言われても、話がかみ合わないよ。 5. やらかし名無しさん(>>4への返信) そこは投稿者本人も「まったくその通り。それが私のやらかし」と認めていたね。地元の先生たちの踊りを「これが正しい形」だと思っていたら、実はそっちのほうが硬くてロボットみたいだった、と。ものさしにしていたお手本のほうが、ずれていたわけだ。 6. やらかし名無しさん ギターで同じことをやったなあ。習い始めのころは、とにかく速く派手に弾く人がいちばん上手いと思い込んでいて、音数の少ない先生を「地味だな」と見くびっていた。何年かたって昔の録音を聴き直したら、その少ない一音一音がとんでもなかったよ。始めたばかりの耳には、本物の上手さって聞こえないんだよね。 7. やらかし名無しさん(>>6への返信) 仕事でもあるよ。新人のころ、いつも早く帰る先輩を「楽をしている人」だと思っていた。自分が同じ業務を任されるようになって、あの人だけが段取りを全部頭に入れていたから早かったんだ、とやっと分かった。こっちが分かるようになるころには、相手はもう別の部署にいるんだよね。 8. やらかし名無しさん これは、人として成長した話だと思うよ。気づくまでにここまで時間がかかったのはつらいだろうけど、変わるべきところに自分で気づけたのは、すごくいいことだ。 9. やらかし名無しさん 教える側は、この問題をよく知っているよ。残念だけど、生徒が自分で気づくまで、こちらにできることはあまりないんだ。 10. やらかし名無しさん(>>9への返信) それは教える側からすると切ないね。でも投稿者は、何年もかかったとはいえ、動画を見返して自分で気づいた。気づかないまま「あの先生は気取っていた」と言い続ける人のほうが、きっとずっと多いと思う。 11. やらかし名無しさん 先週末の時点でも、まだ「気取った身のこなしはあるにしても」と思いながら参加しているのが、正直ちょっと引っかかった。何年たっても、第一印象って上書きされないものなんだね。そのぶん、レッスンを受けたあとの衝撃は大きかっただろうな。 12. やらかし名無しさん いちばんこたえるのは、最後のところじゃないかな。2019年のあのレッスンに出ていた別の生徒は、いまでは教える側になっていて、投稿者はその人のレッスンに通っている。最初の5年を先生のせいにしたくなる気持ちは分かるけど、それだけでは説明がつかない気がするよ。 13. やらかし名無しさん(>>12への返信) 同じ動画に映っていた生徒がいまの先生、という追い打ちがいちばん刺さるよね。もっとも、その人が2019年の時点でどれくらい踊れたのかは書かれていないから、単純に比べることはできないけど。それでも自分だったら、その動画はしばらく見返せない。 14. やらかし名無しさん 少し違う見方をすると、当時の投稿者があの先生に習い続けていたとしても、思ったように伸びたとは限らないよ。すごさが見えない段階では、すごい人の教えも素通りしてしまうものだから。遠回りした年月があったからこそ、先週末のレッスンの価値が分かった、という面もあると思う。 15. やらかし名無しさん(>>14への返信) それも一理あるけど、遠回りが5年はさすがに長いよ。途中で「あれ、自分はぜんぜん上達していないな」と立ち止まる機会はなかったのかな。まあ、コミュニティが小さくて、まわりの先生がみんな同じような水準だと、比べようがないのかもしれないけど。 16. やらかし名無しさん 気づかないままでいるより、いま気づけてよかったよ。ここは素直に非を認めて、同じ間違いを繰り返さなければいい。それに、こうして打ち明けてくれたのは立派だと思う。思い込みで突っ走ってしまう人はたくさんいるから、この話を読んで同じ失敗を避けられる人が、きっといる。厳しいコメントは気にしなくていいよ。教えるのが下手な先生は、どの分野にもいるんだから。とくに芸術寄りの世界は、稼げる保証がない中で生活していかなきゃならないしね(それが自然な成り行きというだけで、その人たちを悪く言うつもりはないよ)。 17. やらかし名無しさん みんな分かってないな。ダンスというのは、ストリートに出て、踊りで敬意を勝ち取るものなんだよ。映画『ステップ・アップ2:ザ・ストリート』にそう教わった。 18. やらかし名無しさん(>>17への返信) やれやれ、若いね。こっちが映画『ブレイクダンス2』に教わったのは、ダンスとは、強欲な不動産開発業者をストリートダンスの技で打ち負かすためのものだ、ということだよ。 ※ 『ステップ・アップ2:ザ・ストリート』(2008年)と『ブレイクダンス2/ブーガルビートでT.K.O!』(1984年)は、どちらもストリートダンスを題材にしたアメリカ映画です。 19. やらかし名無しさん レッスンの動画を、あの日以来一度も見返していなかった、というところに身に覚えがありすぎる。自分のスマホにも、一度も再生していない習い事の動画が山ほど眠っているよ。あの中にも、当時の自分には分からなかった何かが映っているのかもしれない。 20. やらかし名無しさん 自分にも、体験レッスン1回で「この先生は合わない」と決めた教室がいくつかある。あれは合わなかったんじゃなくて、こっちに見る目がなかっただけなのかも。そう考えたら、急に落ち着かなくなってきた。 21. やらかし名無しさん でも、先週末のレッスンに足を運んだのは正解だったよね。「気取っていても、何か得られるかもしれない」と、いったん自分の印象を横に置いて行ってみたから、気づけたわけで。行かなければ、いまも「教えるより、自分を見てもらいたい先生」のままだった。ダンス歴がもうすぐ8年でも、遅すぎることはないよ。 まとめ 1年目に1回だけレッスンを受けた先生を、うぬぼれの強い人だと見切って二度と行かなかった投稿者。何年もたって動画を見返し、それが当時の自分には見分けられない技術だったと気づいた話でした。海外の反応は、「先生のせいにしすぎでは」という厳しい声と、「気づけたのは成長だ」「教える側もよく知っている問題」という声に分かれました。すごさが分かるようになるには、見る側にもそれなりの目が要る。耳の痛い話です。 元ソース: 素晴らしいダンスの先生を見くびったせいで、何年も伸び悩むことになった話 The post 「教えるより、美しい自分を見てもらうことに関心がある人だ」と1回で見切ったダンスの先生…何年もたって当時の動画を見返したら、最高水準の技術だった話 appeared first on やっちまった!海外のやらかし告白.…