1 名前:樽悶 ★:2026/09/27(日) 18:32:59.26 ID:UyV1MIqa9.net ヒンドゥー教のカースト制度の名残りが、長く人々の暮らしに影響を与えているネパール。カースト制度は1962年に法制度上は廃止されたが、いまだその影響はあり、特に都市部より一部地域の農村部に残っている。そうした価値観のなかでダリットと呼ばれる最下層に位置付けられた人々のなかに、バディ族がいた。 農地を持たず、川沿いに集落を築き、女は売春、男は日雇い労働で生計を立てる。娘たちは生まれながらにこの仕事を背負う。"売春カースト"である。彼らは固定化された貧困に苦しみ、結果として幼い頃から売春を強いられていくという構造が存在しているのだ。 (省略) 「ここがバディの集落です」 私をここへと案内してくれた老人が言った。すぐに4、5人の女たちがジープに近づいてきた。窓越しに見える女たちは厚化粧を施し、口元を緩めてねっとりとした視線を送ってきた。 ここまで娼婦然とした女たちを見るのは初めてだった。売春婦の多いタイのバンコクなどでも娼婦を見るが、ここまであからさまに男に近づいてくることはない。バディの女たちは、生まれながらにこの仕事に携わってきたが故に、このような雰囲気を醸し出すことができるのだろうか。 私がジープを下りると、集まってきた女たちの中で最高齢に見える女が荒々しく言った。 「誰を選ぶんだい?」 (省略) 「こっちへ来てください」と声をかけると、「行かなきゃ駄目か?」と暗にバディ集落に入りたくない意思を表した。老人はカースト制度の中で一番上のカーストであるバフンに属すため、アウトカーストであるバディの集落には入りたくないのだ。 ネパールでは不可触民に対する差別はいまだに根強い。商店主などでも相手が不可触民だと、モノを投げて渡すのは当たり前だ。村の中でも、村人同士茶を出し合ったりするのが日常の光景だが、不可触民が家を訪ねてきても、茶を出さない。私は前妻の実家のある山村で暮らしたことがあり、ここまで記した不可触民に対する差別は、実際に目にしたことである。 不可触民への差別は根深いものがあり、ここ西ネパールでは寺院への参拝も禁じられているという。西ネパールを拠点としたマオイストには多くの不可触民が身を投じ、サンスクリット語で書かれたヒンドゥー教の教典などを焼き払ったと聞いているが、ヒンドゥー教によって辛酸を舐めさせられ続けた不可触民の怒りも背景にあったのだろう。 (省略) 集落の中に入ると、若い2人組の女が近づいてきた。2人の女は、「スコーン、スコーン」と口ずさみながら、左手の親指と人差し指で輪をつくり、右手の人差し指を輪の中に突っ込んだ。何の恥じらいもなく、そうした仕草を見せた女に唖然となった。 それにしても2人ともまだまだ若く、10代のように見える。既に娼婦姿が板についていた。 2人の顔立ちは同じカーストとは思えないほど違っていた。ネパールではカーストがアーリア系、モンゴロイド系と人種によって分かれていることが多いが、2人の顔はそれぞれモンゴロイド系とアーリア系の顔立ちをしていて、同じカーストとは思えなかったのだ。 その顔つきの違いは、彼女たちのカーストが代々様々な男たちを受け入れてきたことを意味しているように思えた。(以下ソース) 9/25(金) 10:57配信 (省略) うっすらと彼女の顔が見える部屋の中で話を聞いた。ミナにアーリア系の顔立ちをした少女も呼んできてもらった。アーリア系の顔をした少女の名前はススミ。年齢を聞いたら、驚くことに15歳だと言った。ちなみにミナは18歳。 ミナは、ススミが来ると、なぜか部屋を出たり入ったり、立ち上がったり、座ったりとそわそわしてせわしない。年齢の若いススミの方が落ち着いていて、静かに語りだした。 「14歳からこの仕事を始めた。生理が何度かきたら、この仕事を始めるサインなの。この村の女たちは、生理がきたら仕事を始めなければいけないの。それはこの村での決まり事で、お婆さんもお母さんもみんなそうしてきたの。 セックス? 好きじゃないわ。私はセックスより、恋人とは話をするだけでいいの。お客さんは、ネパール人がほとんどだけど、この間、あなたたちと似たような顔をした韓国人が来たわよ。(以下ソース) 9/25(金) 11:58配信 引用元:…