1: 匿名 2026/05/23(土) 00:39:59 「サ店も雀荘もパチ屋も飲み屋もない」と嘆きの声…開学からわずか21年で消滅「青学・厚木キャンパス」はなぜ作られたのか少子化が進む今、大学キャンパスの移転や再編が相次ぐ中、「キャンパスがなくなった街」はどう変わったのでしょうか。青山学院大学の厚木キャンパスが、なぜ森の中の寂しいニュータウンに誕生し、そして撤退したのか――その知られざる歴史に迫ります。(このリード文はAIが作成しました)東洋経済オンライン 1982年4月に開学してから2003年3月に撤退するまでの21年間、ここには青山学院大学の厚木キャンパスがあった。教養課程を学ぶ全学部の1、2年生(理工学部は1年生のみ)、約6000人が通ったキャンパスだ。 (中略) この周囲に“何もない”が故の問題が、開学後すぐから噴出する。主に食堂と交通の問題だ。 食堂に関しては、翌5月には急遽、座席数を300増やし、翌年3月頃までには3300席まで増築している。しかし、当初より3倍以上に増やしたものの、食堂の席不足問題は慢性的にあったという。周囲に何もないため、学生は授業の合間などは食堂にいるしかなかったのだ。その結果、席を確保しようとサークルや部活単位の席取りが横行していたという。 交通の問題はさらに深刻だった。厚木キャンパスは、小田急の本厚木駅から神奈川中央交通のバスで25分ほどかかる。しかし、交通渋滞に巻き込まれると40〜50分、ひどい時は1時間かかることもあったという。開学当初はバスの本数も十分ではなかったようで、通学の不便さはひとしおだったようだ。…